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はたのてい
波多野邸
豊島 与志雄
「展望」1946(昭和21)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页
」
「でも、それは、男の方が卑怯だからではないでしょうか。」
「何がです。後味のことですか。」
「ええ、怖いんでしょう。」
「そうですね、後味がわるいというより、怖いと言ってもいいですね。」
「それで、あなたも、千枝子さんが怖かったんですの。」
「私が言ってるのは、ただ、一般的なことですよ。」
「一般的だけでしょうか……。」
「そうじゃありませんか。そうでなけりゃあ、こんなこと言いませんよ。」
吉村はそれきり口を噤んだ。なにか淋しいものに突き当ったようだった――千枝子は、房江には家族同様な者であり、吉村にはまあ文学上の弟子だった。その千枝子のことを冷淡に、二人の甘えた情愛の餌食にしていたのである。それだけの自意識が、吉村の胸に来た。
「こんな話、もう止めましょう。」
吉村は立ち上って、室の中を歩き、それから房江の肩にもたれかかって、彼女の体温のなかに顔を埋めた。
「私はあなたに、もっともっと甘えたい。甘えさして下さい。」
房江は彼の頭を抱いて言った。
「わたしも……。」
ぬるま湯のような静かな時間がたった。二人は更にも少し酒を飲み、簡単な食事をすまして、その家を出た。