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りゅうこうさっかのし

流行作家の死

野村 胡堂

「新青年」1932(昭和7)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,876 字 · 28 页

青空文庫

この部屋は御覧の通り電熱があるだけで、瓦斯も石油も使いませんから炭酸瓦斯中毒とは思われないのです」

佐伯博士は、立って、安楽椅子の上に楽々と掛けた形になって居る、小粟桂三郎の死体の顔から、手巾を取って見せました。

小肥りの小栗桂三郎の顔は、全く生きて居る時の儘で、美しい血色までが少しの変りもありません。

「この美しい血色が問題です。炭酸瓦斯中毒か、青酸中毒でなければ、二時間以上も経った死体が、こんな色をして居る筈がありません」

「二時間以上?」

「そうです、小栗さんは十一時前に亡くなって居たのです」

「――――」

「それに、口のあたりに、猛烈な巴丹杏の匂いが残って居ります。これは小栗さんは、かなり多量の青酸を嚥んだ証拠です」

「成程」

足の勇は、腑に落ちないことばかりですが、専門家がこれだけ確言するのですから、疑問を挟む余地もありません。

室の中は少しも取り乱した様子はありません。窓は悉く閉め切って、内側からさし込みで留めた上、厚い窓掛を念入に引いてありますし、チークの大卓の上も、波斯模様の絨毯の上も、日本語とフランス語の本が一杯に取り散らばしてありますが、それも一種のリズムと人格のある散らかしようで、決して主人公以外の者の掻き乱したものではありません。