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うきよえのかんしょう
浮世絵の鑑賞
永井 荷風
「中央公論 第二十九年第一號」1914(大正3)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,949 字 · 14 页
然れども幸か不幸か、余は今なほ畳の上に両脚を折曲げ乏しき火鉢の炭火によりて寒を凌ぎ、簾を動かす朝の風、廂を打つ夜半の雨を聴く人たり。清貧と安逸と無聊の生涯を喜び、酔生夢死に満足せんと力むるものたり。曇りし空の光は軒先に遮られ、障子の紙を透してここに特殊の陰影をなす。かかる居室に適応すべき美術は、先づその形小ならざるべからず、その質は軽からざるべからず。然るに現代の新しき制作品中、余は不幸にしていまだ西洋の miniature または銅板画に類すべきものあるを見ず。浮世絵木板摺はよくこの欠陥を補ふものにあらずや。都門の劇場に拙劣なる翻訳劇出づるや、朋党相結んで直ちにこれを以て新しき芸術の出現と叫び、官営の美術展覧場に賤しき画工ら虚名の鎬を削れば、猜疑嫉妬の俗論轟々として沸くが如き時、秋の雨しとしとと降りそそぎて、虫の音次第に消え行く郊外の佗住居に、倦みつかれたる昼下り、尋ね来る友もなきまま、独り窃に浮世絵取出して眺むれば、ああ、春章写楽豊国は江戸盛時の演劇を眼前に髣髴たらしめ、歌麿栄之は不夜城の歓楽に人を誘ひ、北斎広重は閑雅なる市中の風景に遊ばしむ。