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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
父親と話している時の母とは違う空気、父と母と富岡とが三人で喋っているときにもない何かが、父のいない土曜日の晩の富岡と母との話しの間には漂った。宏子の感覚はそれに刺戟されるのであった。
そういう晩、その頃生きていた一番末の四つの弟が泣き出す。泣く声が客間まで聴えて来ると、宏子はいつも絶望的にがっかりした。瑛子は、
「おや、敬ちゃんが泣いているよ、宏子、ちょっと」
と云った。きまって、そうであった。宏子は客間を出て、二階の両親の寝室へ行って豆電燈がともっている薄暗い中で、目ざとい小さい弟をなだめて、眠るまで子守唄をうたっていてやらなければならない。宏子は、客間へとんでゆきたい自分の心をやっと押えながら、ああちゃーんと泣き立てる弟をおさえつけ、そんなに泣くと狼が来るわよと嚇した。狼いやーんと弟は泣く。弟が眠るまで、母の蒲団の上に横になってついている宏子の耳に、微かに客間から母と富岡の笑い声が響いて来る。その笑い声は楽しそうであった。いかにも活気が溢れていて、宏子はどきどきする心臓が口からとび出そうに切なかった。涙も出ない。やけつくように体じゅう苦しかった。