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あざらしとう

海豹島

久生 十蘭

「大陸」1939(昭和14)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,311 字 · 48 页

青空文庫

狭山の哄笑と咆哮は、夜明けまでつづいていた。

第四日

一、夜のひき明けごろから風が凪いで、島のまわりを海霧が匍い、水の底のようなほの明るい朝になった。

そのころから狭山の咆哮がきこえなくなり、なにか手荒くガタピシさせる音がひびいてくる。隣の部屋にどんな変化が起ったか知りたく思い、扉に耳をおしつけていると、狭山の重い足音が近づいてき、扉越しに、あなたはそこでなにをしているのかとたずねた。意外にも沈着な体で、声も病的なところがなく、言辞も妥当である。

「貴様が泣いたり咆えたりして、うるさくて眠れないから、ここへ移ったのだ」とこたえると、狭山は、ちぢこまったように詫びてから、あいつが死んでしまうのかと思って悩乱したが、明け方ごろからおさまって、元気になった、という意味のことをくりかえし、飯の仕度ができたから、こっちへ出て来てくれといった。

狭山がほんとうに正気にかえったのか、中間状態にあるのか、危害を加えるつもりでおびき出そうとしているのか。ものの言い方には、なにか企らんでいるような不自然なところはないが、もし狭山がまだ中間状態にいるのなら、逆らうとかえって悪い結果を招く。