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あざらしとう

海豹島

久生 十蘭

「大陸」1939(昭和14)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,311 字 · 48 页

青空文庫

海豹島滞留日誌

第一日

一、三月八日、大泊港を出帆した第二小樽丸は、翌々十日、午前十時ごろ、海豹島の西海岸、四浬ほどの沖合に到着した。

風が変って海霧が流れ、雲とも煙ともつかぬ灰色の混濁の間から、雪を頂いた、生気のない陰鬱な島の輪郭がぼんやりとあらわれだしてきた。しかし、それも束の間のことで、瘴気のような不気味な霧がまた朦朧と島の周りを立ち迷いはじめ、あたかも人間の眼に触れるのを厭うように、急速にそれを蔽い隠し、姿をあらわしたときとおなじように、漠々たる乳白色のなかへ沈んでしまった。

一、ひと眼その島を見るなり、私はなんともつかぬ深い憂愁の情にとらえられた。心は重く沈み、孤独の感じがつよく胸をしめつけた。唐突な憂愁はなにによってひき起されたのだろう。陰鬱な島の風景が心を傷ませたのだと思うほかはない。さもなくば、予感といったようなものだったのかも知れない。それは悲哀と不安と絶望にみちた、とらえどころのない情緒だった。

私は舷側に凭れ、島が幻のように消え失せたあたりを眺めていたが、精神の沈滞はいよいよ深まるばかりで、なにをするのも懶くなった。