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あざらしとう

海豹島

久生 十蘭

「大陸」1939(昭和14)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,311 字 · 48 页

青空文庫

間歇的に劇痛がくるらしく、そうしているうちにも、弓のように背筋を反らせて爪先から頭の先まで顫わせ、そのたびに見る見る弱っていく。狭山はどうしようも才覚つかなくなったふうで、腕の中に膃肭獣を抱え、子供でもあやすようにただわけもなく揺りつづけるのだった。吹雪と北風の音にとざされた荒凉たる絶海の孤島で、膃肭獣だけを友にして生活していた狭山にとっては、この期の悲嘆はかくもあるのであろうか。人獣の差別を超えた純粋な精神の交流に心をうたれ、私は涙を流さんばかりだったが、追々ひく息ばかりになり、とうとうシャックリをするようになった。

狭山は手の中のものを取られまいとする子供のように、執拗に膃肭獣を抱きしめていたが、どうせ助からぬものなら長く苦しませたくないと思ったのか、急にキッパリとした顔つきになり、腰の木鞘から魚剖刀を抜きだすと、鋭い切尖を膃肭獣の頸のあたりに突き刺した。直視するに耐えず、眼をそらそうとしたとき、狭山はマキリを投げ捨て、創口に両手をかけ、貴婦人の手から手袋をぬがせるようにクルリと皮をひき剥いた。

一転瞬の変化だった。ちょうど幻影が消えうせるように膃肭獣の姿が消え、たったいま膃肭獣がいたその場所に、白い若い女の肉体が横たわっていた。