轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しせい
消えた受賞作 直木賞編
富田 常雄
富田常雄『消えた受賞作 直木賞編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:刺青、面。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,806 字 · 36 页
面
巣鴨の拘置所から、戦犯容疑者としての嫌疑が晴れて釈放されたわしが、久しぶりに大磯の「圓月荘」の扁額をかけた萱門の戸摺石の上に立った時、最初に、耳ばかりでなく、体全体に響き渡る様に聞えたのは波の音であった。それを聞くと、わしははっと我れにかえったという言葉通りに始めて自分を取り戻した様な心持ちになった。
「御前、世の中は変わりまして御座います」
執事の杉山が立ち止まったわしの後で、嘆くとも、怒って居るともきこえる口調でそう言ったが、わしは一向に変わったとも思わなかった。自分でも不思議なくらい、降服ときまって戦争がすみ、巣鴨に拘置されている間に七十八年の過去というものが夢の様に記憶から薄れて行ったのだ。耄碌するというのは、こういう事を言うのかも知れぬが、体は健康であったし、現に、こうして自分の邸に帰って、萱門の前に立ち、波の音を耳にすると、爽やかな生きがいを感じて、魏徴の「述懐」の一節まで若い頃の様に心に浮ぶのだ。
中原、また鹿を逐うて、筆を投げすてて戎軒を事とす。縦横の計は就らざれども、慷慨の志は猶お存せり。策を仗いて天子に謁し、馬を駆って関門を出ず。