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せいしんあん

清心庵

泉 鏡花

「新著月刊」1897(明治30)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,494 字 · 26 页

青空文庫

一ツずつそのなかばを取りしに思いがけず真黒なる蛇の小さきが紫の蜘蛛追い駈けて、縦横に走りたれば、見るからに毒々しく、あまれるは残して留みぬ。

松の根に踞いて、籠のなかさしのぞく。この茸の数も、誰がためにか獲たる、あわれ摩耶は市に帰るべし。

山番の爺がいいたるごとく駕籠は来て、われよりさきに庵の枝折戸にひたと立てられたり。壮佼居て一人は棒に頤つき、他は下に居て煙草のみつ。内にはうらわかきと、冴えたると、しめやかなる女の声して、摩耶のものいうは聞えざりしが、いかでわれ入らるべき。人に顔見するがもの憂ければこそ、摩耶も予もこの庵には籠りたれ。面合すに憚りたれば、ソと物の蔭になりつ。ことさらに隔りたれば窃み聴かむよしもあらざれど、渠等空駕籠は持て来たり、大方は家よりして迎に来りしものならむを、手を空しゅうして帰るべしや。

一同が庵を去らむ時、摩耶もまた去らでやある、もの食わでもわれは餓えまじきを、かかるもの何かせむ。

打こぼし投げ払いし籠の底に残りたる、ただ一ツありし初茸の、手の触れしあとの錆つきて斑らに緑晶の色染みしさえあじきなく、手に取りて見つつわれ俯向きぬ。