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せいしんあん
清心庵
泉 鏡花
「新著月刊」1897(明治30)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,494 字 · 26 页
振返れば女居たり。
「こんな処に一人で居るの。」
といいかけてまず微笑みぬ。年紀は三十に近かるべし、色白く妍き女の、目の働き活々して風采の侠なるが、扱帯きりりと裳を深く、凜々しげなる扮装しつ。中ざしキラキラとさし込みつつ、円髷の艶かなる、旧わが居たる町に住みて、亡き母上とも往来しき。年紀少くて孀になりしが、摩耶の家に奉公するよし、予もかねて見知りたり。
目を見合せてさしむかいつ。予は何事もなく頷きぬ。
女はじっと予を瞻りしが、急にまた打笑えり。
「どうもこれじゃあ密通をしようという顔じゃあないね。」
「何をいうんだ。」
「何をもないもんですよ。千ちゃん! お前様は。」
いいかけて渠はやや真顔になりぬ。
「一体お前様まあ、どうしたというんですね、驚いたじゃアありませんか。」
「何をいうんだ。」
「あれ、また何をじゃアありませんよ。盗人を捕えて見ればわが児なりか、内の御新造様のいい人は、お目に懸るとお前様だもの。驚くじゃアありませんか。え、千ちゃん、まあ何でも可いから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店の媽々が飛出したって、お附合五六軒は、おや、とばかりで騒ぐわねえ。