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せいひんのしょ

清貧の書

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,061 字 · 36 页

青空文庫

一軒だけ挨拶を済まして帰って来ると、与一は、私が買って来ておいた、細い壱銭蝋燭に灯をつけて台所に続いた部屋の壁に何かベタベタ張りつけていた。

家の中はもう真暗だ。

「何をする人なンだ?」

「煙草専売局の会計をしてるンですってよ」

「ホウ、固い方なンだね」

土色の壁にはモジリアニの描いた頭の半分無い女や、ディフィの青ばかりの海の絵が張ってあった。

こんな出鱈目な色刷でも無聊な壁を慰めるものだ。灯が柔いせいか、濡れているように海の色などは青々と眼にしみた。

「その隣りが気合術診療所よ」

「ヘエ、どんな事をやるンかね」

「私一人でこの家を見に来た時、気合術診療所の娘が案内してくれたのよ、とてもいい娘だわ」

「そう云えば、僕もあの娘が連れて来てくれたんだが、俺ンとこと同じようなもンらしい、瓜、トマト、茄子の苗売りますなんて、木の札が出てるあそこなんだろう」

与一が灯を持って、三ツの部屋を廻るたび、私はまるで蛾のようにくっついて歩いた。右側の坊主畳の部屋には、ゴッホの横向きの少女が、おそろしく痩せこけて壁に張りついている。その下には箪笥の一ツも欲しいところだ。この部屋は寝室にでも当てるにふさわしく、二方が壁で窓の外には桐の枝がかぶさり、小里万造氏の台所口が遠くに見えた。