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せいひんのしょ

清貧の書

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,061 字 · 36 页

青空文庫

「そうだね」

気合術診療所から貰って来たトマトの苗が、やっと三ツばかり黄色い花を咲かせていた。あの花が落ちて、赤い実が熟する頃は帰って来るのだろう。――私一人で何もしない生活の不安さや、醤油飯の弁当を持って海兵団へ仕事に行っていた義父が、トロッコで流されたという故郷からの手紙を見て、妙に暗く私はとらわれて行った。

唐津出来の茶碗や、皿や丼などを、蓙を敷いて、「どいつもこいつも、茶碗で飯を食わねンだな、ホラ唐津出来の茶碗だ。五ツで二分と負けとこウ、これでも驚かなきゃ、ドンと三貫、ええッこの娘もそえもンで、弐拾五銭、いい娘だぜ、髪が赤くて鼻たらし娘だ!」

私は、長崎の石畳の多い旧波止場で、義父が支那人の繻子売りなんかと、店を並べて肩肌抜いで唐津の糶売りしているのを思い出した。黄色いちゃんぽんうどんの一杯を親子で分けあった長い生活、それも、道路妨害とかで止めさせられると、荷車を牽いて北九州の田舎をまわった義父の真黒に疲れた姿、――私は東京へ出た四年の間に、もう弐拾円ばかりも、この貧しい両親から送金を受けている。

結局、義父たちが佐世保に落ちついてもう一年になるけれど、海兵団のトロ押しが、とうとう義父の働く最後であったのかも知れない。