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せいひんのしょ
清貧の書
林 芙美子
「改造」1931(昭和6)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,061 字 · 36 页
「石油コンロは消してあったかい?」
与一は、こんな事でもいうより仕方がないといった風に、私の顔を見て笑った。
奉公袋を提げて下駄をはいた姿は、まるで新聞屋の集金係りのようで、私はクックッと笑い出して、「火事になった方がいいわ」と、言葉を誤魔化した。
「一人で淋しかったら、診療所の娘でも来てもらうといい」
「大丈夫ですよ、一人の方が気楽でいいから……」
与一に対して、何となく肉親のような愛情が湧いた。かつての二人の男に感じなかった甘さが、妙に私を泪もろくして、私は固く二重顎を結んで下を向いた。
「厭ンなっちゃう、まったく……」
私は甘いものの好きな与一のために、五銭のキャラメルと、バナナの房を新聞に包んで持たせてやった。
「どうせ今晩は宿屋へでも泊るンでしょう?」
「知った家はないし、どうせ兵営の傍の木賃泊りだ」
「召集されて随分悲惨な家もあるンでしょうね」
「ああ百姓なんか収穫時だ、実際困るだろう」
海水浴場案内のビラが、いまは寒気にビラビラしていて、駅の前を行く女達の薄着の裾が帆のようにふくれ上っていた。
拡声機は発車を知らせている。
「元気でいるンだよ」
長いホームを歩いている間中、与一は同じ事を何度も繰り返した。