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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

その中で、最も大きなものは、尚子夫人、または彼女の良人によって、沈黙のうちに摘示された、自己の価値下落という、寂しい自覚なのである。

少年時代から、美貌の所有者として、相当の自信を持ち続けた正隆は、今、四十七歳になった自分が、所謂女共にとって、どれほど魅惑的な容貌を持っているかということは、何よりも明に分っていた。

恂情的な、懶い、憂愁に包まれたような蒼白い額は、濃い眉と、深く、大きく輝く眼によって、どんなに男性的な我儘と、激情を示しているか。

正隆は、自分の容貌に感動させられない女性のあるべきことは思っていなかった。感動されて、自分の価値に金箔をつけるだろうことを疑おうとはしなかった。また、実際、彼のために歌い、舞いした女達は、少くとも或る特殊な好もしさを、彼の美貌に捧げたことは事実なのである。

それ故、まだ若い、そして美くしい尚子夫人を彼方に置いて考えると、正隆の脳裡には、何となく華かなエキサイティングな気分が漲って来るような心持がしていたのである。

それはただ、気分だけではあった。が、いよいよ尚子夫人に近接して見て、彼女が、ただ彼の人格的価値にのみ目標を置いてい、従って、暫くの間に大方彼に払うべき尊敬の程度を知ったということが、正隆に、或る不満と、自暴自棄に似た気分を起させるのである。