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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
う。
尚子夫人を、我ものにして、擁しながら、絶望して髪をむしる義一を見下したらどうだろう。どうだろう――そう思ううちに、正隆は、激しい悔恨に魂を掴まれて、サーカスティックな嘲笑を消してしまう。
この時、道義的な不安と並んで、正隆には、またも自分を鷲掴みにしようと、頭の真上で輪を描いている、不思議な宿命を、思い出さずにはいられなくなって来るのである。
愛なのか、情慾なのか、単なる好奇心なのか。正隆が、尚子夫人に感ずる牽引は、彼にとって力強い、蠱惑に満ちたものであった。薄暗い、じとじとと蒸暑く湿っぽい泥の上に、ぞっくりと蕈(きのこ)がぬめくる丸坊子の頭を並べて生えているような、正隆の内心、その物凄い洞穴の彼方の裂目から、ほのかに見える薔薇色の光線が、尚子夫人の方向である。永年の単調を破りたい何物かの蠢(うごめ)き、その蠢めく何物かが、正隆を自ずと彼女の方へ振向かせるのである。
無心で、朗かな端正な尚子夫人の方へ、彼の心に生える一面の蕈が、ぞっくりと首を向けて眺めている。目のない、蕈の頭の凝視、正隆はその無気味などよめきを心の隅々にまでも感じた。彼は、怕(こわ)くならずにはいられなかった。