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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

無垢な少年が、どうして、彼の、彼のほか分らない計画を透視することが出来るだろう、大急ぎで、興奮して馳せつける子供は、最良の説明者である母夫人の首にすがりつきながら、

「お母様、あのね、何ということなの、お母様」

と神秘な説明を強請するのである。

廊下を隔て、離れ座敷のようになっている自分の部屋の柱に倚(よ)り掛って、卑しい笑を漂べながら、夫人の声高な笑いを想像していた正隆は、不意に、子供の、澄んだ、無邪気な声が、四辺(あたり)憚らず、朗かに、彼から教えられた言葉を繰返すのを聞くと一緒に、自分の教えたのも忘れて、耳を覆わずにはいられなかった。

下劣な単語は、無垢な幼児の唇から洩れると、正隆が今まで知らなかった、内容の醜さを露出するのである。

正隆は、所謂道徳的良心とか、道義とかいうものに、嘲笑的な反抗を持っていた。彼が、尚子夫人に対して、それ等の計画を立てるとき、彼は、一種辛辣な皮肉を含んだ超然さで、それ等の計画を立て、立てられる二個の人間を眺めたのである。けれども、子供等が、丸い喉を張って、あの穢い言葉を繰返すのを聞くと――。正隆は、思わず体中に冷汗をかいて、無人な部屋中を眺め廻した。