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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
けれども、彼には、単に末っ子だというよりも、より以上の追憶が負わされていた。それは、彼の誕生そのものが既に、未亡人にとっては望外に近いものであったということと、彼の生命と、良人の生命とが、引換えに手渡しされたような形になった、ということとである。
二十年ほども昔に、独りの長男を育て上げて以来、母親となる希望は、殆ど絶えたように見えた彼女が、孤独な、頼りない未来を予想して、自ら心を寒くしていた時に、思いも掛けず胎(はら)宿った正隆は、その祝福された誕生後、僅か半年で、まだ五十にもならなかった父親を失ってしまったのである。
その時、四十ばかりだった佐々未亡人は、この突然な良人の死に逢って、殆ど食餌も喉に通らないほど、悲歎に暮れると同時に、正隆は、愛すべき良人の最後の記念として、自分に与えられた者だ、という感銘を、烙印のように魂に刻みつけた。彼女は、尊ぶべき良人が、彼の死後自分を襲う寂寥を思いやって、この望むことさえ不可能に見えた嬰児を、自分に遺して行ってくれたのだという感謝と追慕とに泣き咽びながら、空虚になった胸の上に、一人の痩せて虚弱な男の子を抱き捧げたのである。