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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

思い上った、人を人とも思わぬらしい笑いを口辺に漂(うか)べながら、内心は、物に拘泥せずにはいられない、臆病な、退嬰的な彼は、絶えず、他人の言動に、関心の目標を置いている。従って、こんな或る均衡を失った位置に置かれると、彼の不安や焦躁やは、殆ど想像以上にまで、彼を苦しめ、悩ますのである。

こんな、言語の不通などということは、或る人にとっては、問題にもならないことであろう。また、相当の苦痛とはなっても、到底、正隆の感じた深さにまで進むものではなかったろう。新来の教師を仰いで、未だ正体を見極めない者に対する慎重さを持っている学生に向って、若し彼が、快闊な、ざっくばらんな口調で、

「私には、未だ君達の言葉が、よく呑込めないのだから、なるたけ、分り易く喋ってくれ給え」と云えさえしたら、その時から、総ては、もっと単純に、且つ明快になる筈なのであった。けれども、彼に、それは出来なかった。

対照物の価値が、低ければ低いほど、彼の、不可能の量は増して来る。若しこれが、何か至難な学理上の問題ででもあれば、正隆も、解らないものは解らないと、簡単な心持で向われたであろう。