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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

けれども、いざ手取りにしようと掛って見ると、命がけで飛び懸って来た牙に捕えられて、思わず同じ係蹄に転り込んだ猟師が、泣きながら、叫喚(さけ)びながら、獣と人間との血を混ぜ合わせて、掴み合う、食い合う、争闘する――その、自業自得を見ろ! という、腥惨(せいさん)な快感が冷笑となって、正隆の瘠せた小鼻に皺を刻むのである。

狼は自分である。猟師は、彼の見えざる何者かと、その手下共である。

この時正隆は、決して、係蹄を掛けたものが、結局は同じ係蹄に掛って殺されるのだぞ、という、復讐の勝利を感じているのではない。自分も、他人も、一緒くたに丸め、突転して力の限り踏みにじり、噛み潰す、火のような亢奮で、脂汗を掻きながら、歯軋りをするのである。

五

皆が、正隆を嫌っていた。それは事実である。けれども、また皆が、彼を一種の憐愍で見ていたことも、事実であった。彼は、神経衰弱になって、あんなに脱線するのだということを、最も確実な説明として、正隆を観たのである。従って、人々の嫌厭の陰には、何かそれを裏づける、寛大ともいうべきものがあった。

まして、校長の副島氏は形式を越えた心痛で、この若い教師を眺めたのである。