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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
「中央公論」1920(大正9)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页
或る友人によって、好意的に書かれた手紙は、真田が選ばれた理由と、同時に彼に加えられた誤解とを、詳細に説明して寄来(よこ)したのである。
自分が、あれほど真剣になり、あれほど熱中し、あれほどよい心で努力し、努力し、努力し抜いて出来上らせた仕事を、その仕事を、兄貴のお蔭だなどといって没却させてしまうとは、何ということだ! ほんとに、何ということだ!
「畜生!」
丁度、晩餐の卓子(テーブル)に向っていた正隆は、いきなり歯ぎしりをすると一緒に、片手に持っていた杯を、擲(たた)きつけた。そして、傍に、無言のまま坐っている夫人に、
「これを見ろ!」
と手紙を差つけながら、ボロボロと涙をこぼした。何ということだ!
彼が、今まで或る正当なことを予想して、自分の失望を鎮(カーム)しようとしていたことなどは、もう総て、間違いだったということが示されたのだ。自分が、正しいものと思っていたところには、下劣がある、卑劣がある。そして、不公平が最後の審判を下していたのだ。
素晴らしい自分の仕事を疑う。疑った疑問をそれなら、何故、自分に正そうとはしないのだ。誤った疑いで人の生命を涜(けが)して置きながら、その誤謬のままで価値を定め、自分の一生を台無しにしてくれる――