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たにさんだい

渓三題

木暮 理太郎

「中学生」1924(大正13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,066 字 · 12 页

青空文庫

無数の岩魚が木の葉を散したように泳いでいるのが見透せる程透明であるが、深淵の底は蒼黒く沈んで深さが測られない。不思議な魔力を湛えながら沈黙している水の姿ほど凄いものはあるまい。

若夫崖から下り立って青澄んだ黒部本流の水を目のあたりに見る時、表面は悠々と澄し込んでいる流の動揺の激しいのにおどろく。あの急湍を弾かれるように泳ぎ上る岩魚が何か餌を見付けてすいと浮き上りさま夫を啄むのは、目にも止まらぬ速さで行われるが、それでいて四、五間は押流される、そしてもとの群れに帰ろうとして水に抵抗して溯るときの魚の努力は、ぴたりと鰭をつけて棒のように突張った体の動作から窺われる。私は水を眺めてぼんやり立っている間に、これだけのことを印象されたが、かすかに心の戦慄を禁じ得なかった。

名高い黒部川の下廊下の中でも、黒部別山附近は其中心になっている。岩壁は高く、流は深淵と激流との連続であり、左右から落ち込む谷は、皆吊懸谷で、落口には大きな瀑がある、全部之を探るのは容易なことではない。私はまたいつか前途に横わる幾多の困難や危険を予想しながら不安と希望とを抱いて、夜の明けるのを待ち遠しく思った、あの忘れ難き野営の幾夜を、再びこの峡谷に繰返した後でなければ、其秘密の境地を読者諸君に紹介することが出来ないのを遺憾とする。