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こすいとかれら
湖水と彼等
豊島 与志雄
「新思潮」1914(大正3)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页
晴々とした顔に無邪気な眼が光っていた。で彼女はこう答えた。
「ええ御悠りと。……でもあまり遅くなりますと心配ですから。」
男は一寸躊躇していたが、そのまま舟へ入った。
彼女は緊と舟の艫を掴んだ。何か心に残るものがあった。でもそのまま力を込めて舟を押した。舟はスーッと渚を離れた。急に重い荷を下したような安堵が彼女の心に感ぜられた。
舟が静に水の上を滑った時、女は舟縁から白い手を出して冷たい水の面を指先で掻いている、そして男の方へ向ってそっと微笑んだ。
水棹を捨てて櫂を取った青年の手元は覚束ないものであった。舟がくるりと廻った。それでもどうやら少しずつ漕いでゆくらしい。
彼女はそのまま渚に屈んだ。大きい安静が彼女を包んだ。かの二人は嬉しさと悲しみとに満ちた心で結ばれている間であることも彼女はよく知っていた。二人を水の上に浮べて、今日向の磯の上に解放された自分の心を見出す時、彼女は自分が凡ての自然の、山の、森の、また水の、さては二人の湖上の愛の母であるように思えて来る。先刻の周章た自分の心が不思議に思えた。一つの静安なる生命が、限りない喜びを与える。
晩秋の太陽の光りは弱々しく、森の上に野の上に煙った。