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こすいとかれら

湖水と彼等

豊島 与志雄

「新思潮」1914(大正3)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页

青空文庫

その時彼女の掌の中で女の手がかすかに痙攣した。で囁くような調子で云った。

「屹度幸福があなた方を待っているでしょう。」

「いえいえ。もうこの上何かが来たら、私は屹度堪えきれないでしょう。それがたとえ幸福でありましても。」こう云って女は眼を閉じた。

彼女は二人から遠くへ離れている自分の心を見出した。其処には淋しいような静かなる空間があった。でホッとしてこう云った。

「あなた方は何か……何かを忘れていらっしゃる。あんまり一つのものを見つめているとよくありません。」

「心より外のことを一切忘れるのは私の勝利です。」青年はこう答えた。その時彼の眼は淋しく光った。

沈黙が続いた。囲炉裡の炭火が淋しくなっていた。家の中に夜が渦を巻いている、そして何かがじっと思いを潜めている。ランプの光りが折々風もないのにゆらりと動いた。

「許して下さい。」と突然男が云った。「随分いろんなことをお饒舌しまして。」

「いいえ私こそ。」と彼女は顔を上げた。その間彼女は自らも知らない深い思いの底に沈んでいた。

男女はじっと顔を見合せた。そして男が云った。

「私達はもうこれでお隙致します。」

「あの今に……、」