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こすいとかれら
湖水と彼等
豊島 与志雄
「新思潮」1914(大正3)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页
表をしめて足を返した時、彼女は何か物につき当ったような心地がした。頭の隅で青年の運命が悲しい形を取った。それは死というほどのものではなかったけれど、然し大きい懸念が其処に在った。で一寸彼女は立ち止った。そして頭を軽く振った。それから静に十字を切った。
晴れた日が数日続いた。
朝飯をすました婢を兄の家へ遣ってから彼女は外に出てみた。
湖水の上には靄がかけていた。夜に醸された靄はやさしい夢を孕んで、しっとりとした重みで湖水の面と融け合っている。東の山の端を越えて清らかな太陽の光りがこの湖水を中心にした盆地の上に落ちた。靄に濡れた渚の円い小石が、まだ薄すらと橙色を止めた青い空を映している。そして落葉の上に白い霜が、また枯れかかった草の葉に露の玉が、朝日にきらきらと輝いている。
彼女はこうして一人在ることの幸福を感じた。そしてそれを心のうちで神に感謝した。然しその幸福の底には淋しい空虚があった。その時彼女はふと自分の年齢を思った。が空虚は其処にあるのではないと考えた。それでは何故だろう?「そんなことは考えても分るものではない。」とこう自分に云ってみた。