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こはんていじけん
湖畔亭事件
江戸川 乱歩
「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页
九
覗き眼鏡のことがあるものですから、まるで自分自身がとが人ででもある様に、うしろめたい気持なのです。
九
しかし、そうしていても際限がないので、私は兎も角、浴場を検べて見ることに心をきめました。
薄暗い廊下をたどって、そこへ行って見ますと、入口の厚い西洋扉はピッシャリととじられてありました。気の弱い私には、それをあけるのが、どんなに薄気味悪かったことでしょう。でも大分時間もたっていることですし、やっと元気を出して、一分二分と、少しずつ少しずつ扉を開き、そこに目を当てて覗いて見ましたところ、私は何をまあビクビクしていたのでしょう。当然、そこにはもう、曲者などいなかったばかりか、もしやと思っていた女の死骸さえ、ないのです。ガランとした脱衣場は、白々とした電燈に照し出されて、墓場の様に静なのです。
やっと安心した私は、すっかりドアを開けて脱衣場に入りました。あれほどの刃傷沙汰があったのですから、そこの床には夥しい血潮が流れていなければなりません。ところが、見ると、綺麗に艶の出た板張りの床には、それらしい跡もないではありませんか。ではもう、浴場との境の擦ガラスの戸を開けて見るまでもありません。