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こはんていじけん
湖畔亭事件
江戸川 乱歩
「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页
いかな主人でも、それを打開けさえすれば、納得するに相違ないのですから。
が、丁度その時、一人の女中があわただしく入って来ました。彼女達は皆もう血痕のことを知っているのです。従って誰も彼も、立居振舞が常規を逸しています。
「旦那様、中村家さんから電話がかかりましてね」彼女は息を切らせていうのです。「あのう、長吉さんがまだ帰らないんでございますって」
この突然の報告が、局面を一転させました。さすがの主人も、も早落ついている訳には行きません。長吉というのは、程近き麓の町の芸妓なのです。それが昨夜湖畔亭に呼ばれて、来たことは確に来ていたのだそうですが、そのまま行方が分らなくなったのです。中村家ではゆうべは湖畔亭に泊り込んでしまったものと思って(田舎のことで、そういう点はごくルーズなのです)別に心配もせず、やっと今頃になって電話をかけて来た訳でした。
「エエ、それは、大一座のお客様を送って、外の家の芸妓衆と一しょに、あの子も確に自動車に乗ったと思うのですが」
主人の詰問にあって、番頭がへどもどしながら答えました。しかし、彼自身もどうやら、確な記憶はないらしい様子なのです。