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こはんていじけん
湖畔亭事件
江戸川 乱歩
「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页
そこへ、騒ぎを聞いて主婦もやって来ますし、女中達も大勢集まって来ました。そして、長吉を見たとか見ないとか、口々に喋るのです。それを聞いていますと、しまいには、長吉という芸妓が、果してゆうべ来たのかどうか、それさえ怪しくなって来ます。
「いいえ、そりゃ来ていたことは確ですわ」すると、一人の女中が何か思い出した様にいいました。「あれは十時半頃でした、お銚子を持って二階の廊下をあるいていますと、いきなり十一番の襖がガラッと開いて、長吉さんが飛び出したのですよ。あの子が呼ばれていたのは、広間の方でしょう。私変に思って後姿を見てましたの、すると、長吉さんたら、まるで何かに追駈られでもしている様に、バタバタと向うの方へ走って行きましたわ」
「そうそう、それで思い出した」もう一人の女中がその尾についていうのです。「丁度その時分だわ。私が下のお手水の前を通っていると、十一番さんの、あのおひげさんね、あの人がやって来て、今ここを長吉が通らなかったかって、ひどい剣幕で聞くのよ。知りませんっていうと、わざわざお手水の中へ入って、戸を開いて探しているじゃないか。あんまり変だったので、よく覚えているわ」