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こはんていじけん

湖畔亭事件

江戸川 乱歩

「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页

青空文庫

十六

十六

結局その訊問によって判明したことは、私達があらかじめ知っていた以上のものではありませんでした。のみならず、例の覗き眼鏡のことを打開けないものですから、彼等は或意味ではこの事件について、私達よりも一層無智であるといわねばなりません。例えば兇行の時間でも、私達には十時三十五分頃と、可なり正確に分っているに反して、彼等は、女中が長吉や松永の不審な挙動を見た時間から、兇行も多分その頃行われたものであろうと推定しているに過ぎないのです。

そこで、兎も角も嫌疑者松永の行方捜索が行われることになりました。正確にいえば、この時はまだ、果して殺人罪が行われたかどうかさえ確められていた訳ではありません。脱衣場の血痕と、長吉の所在不明、松永の怪しむべき出立などの符合から、僅にそれを想像せしめる程度に過ぎませんでした。しかし、この場合、誰が考えても松永の行方捜索が先決問題であるのはいうまでもないことです。

幸、河野が村の巡査と知り合になっていたものですから、私達は後に至って、その筋の意見や、捜索の実際をある程度まで洩れなく聞くことが出来ましたが、一応湖畔亭の取調べが済むと、時を移さず行われた松永の行方捜索は、結局何の得る所もないのでした。