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げんのすけのいっしょう

源之助の一生

岡本 綺堂

「読書感興」1936(昭和11)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,444 字 · 7 页

青空文庫

大阪における五、六年間の舞台生活はどうであったか、私たちは一向知らないのであるが、帰京後の彼は団十郎や菊五郎の相手たるに適しなくなったらしい。団菊も彼を相手にするを好まず、彼も団菊の相手となるを喜ばず、両者の折合が付かなくなった上に、もうその頃は、中村福助(今の歌右衛門)が歌舞伎座の立おやまたるの位地を固め、尾上栄三郎(後の梅幸)も娘形として認められ、年増役には先代の坂東秀調が控えているという形勢となっているので、帰り新参の源之助を容るる余地もなかったのである。こうして、彼は次第に大歌舞伎から逐わるるような運命に陥った。

今日、一部の劇通に讚美せらるる「女定九郎」や、「鬼神お松」や、「うわばみお由」や、「切られお富」のたぐいは、みなこれ宮戸座の舞台における源之助の置土産である。帰京以後の彼は、大歌舞伎の舞台に殆ど何らの足跡を残していない。

彼が後半生の不振に就ては、大阪落が第一の原因をなしていること前記の如くである。更に有力の原因は、その芸風が明治末期の大劇場向きでないということに帰着するらしい。要するに、彼はあまりに江戸歌舞伎式の芸風であるために、明治の初年はともあれ、明治末期または大正昭和の大劇場には不向きの俳優となって仕舞ったらしい。