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ためいきのへや

溜息の部屋

山本 周五郎

「アサヒグラフ」 1933(昭和8)年4月12日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,369 字 · 15 页

青空文庫

そしてその上で唄の最後の一節が終るまで異常な熱心さで伴奏をつけ終ると、弓を措くなり、

「すてきだ、すてきだ」

と云いながら拍手を送った。米八をはじめ粕壁大五郎も、外のみんなも、それに倣って熱心な拍手を続けた。

みんなついに活々と肱を張った、そして尊敬の眼をあげて根来八千代を見上げながら、おのおのの楽器を執直した。かくて第二の歌ミニヨンが始まったとき、その貧しいオーケストラ・ボックスからは、かつてその建物の中で響いたことの無い、素晴しく立派な、美しいメロディが流れでてきたのである。

さらに二種のバルカロールを合せ終ると、一斉に立上った楽手たちが歌手へ、舞台の上の歌手が楽手たちへ、感謝をこめた拍手を送りあったとき、両者の眼に涙があったと云っては、嘘に聞えるであろうか。

打合せが済むと、安土竜太郎は米山八左衛門を誘って外へ出た、そしてひどく亢奮したようすで、大股に歩きながら云った。

「おい、ありゃ本物だぞ」

それからこう付け加えた。

「声も荒れてるし、テクニックも随分と安手なもんだが、素晴しい感情だ、あれだけおれのヴァイオリンへ透ってくるなあねえぞ」

二人は開幕楽の始まるまで帰って来なかった。