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おぼるるもの
溺るるもの
豊島 与志雄
「中央公論」1928(昭和3)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,690 字 · 36 页
私が一週間ばかり姿を見せなかった時、ひどく心配して、ひそかに易者のところへ馳けていったこと。夕方、私らしい者が微笑して通りすぎたので、裏からぬけ出して追っかけて行くと、人違いで困ったこと。何だか無性に癪に障って、コップで酒をあおって寝たら、一日逢わねば千秋の……と何度も寝言を云って、さんざん年寄りのお客にからかわれたこと。それから……。
嘘ともつかず本当ともつかない、煙草の煙のような話だった。そしていつも帰りには、彼女は私の袂に、敷島を一袋入れてくれた。
その一袋の敷島が、私の気を惹いた。と共に、彼女の眼に涙を見出すようになった。
眼の視力の鈍い、どこかきかぬ気らしい、白蝋の面のようなその顔は、涙にふさわしくなかった。けれどともすると、ふと言葉が途切れて長く黙ってる折など、彼女はぼんやり空を見つめて、我を忘れたようになっていた。そして殆んど無意識的に、眼をしばたたき、肩をこまかく震わせた。――彼女は泣いていた。
「おい、喜代ちゃん!」
彼女は放心の状態で、曖昧な微笑を頬に浮べかける……。がその時には、私の方で、もう眼に一杯涙をためていた。
「おばかさんだね。