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おぼるるもの
溺るるもの
豊島 与志雄
「中央公論」1928(昭和3)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,690 字 · 36 页
だと自称してる、そこから来たのだった。
俺は一寸挨拶したが、ジプさんは相手と何か議論していて、大して注意を向けなかった。その隣りの卓子があいていたので、俺達はそこに、ジプさんの後ろに坐った。
珈琲をのんでるうちに、ジプさんの方の話がちょいちょい俺の耳にはいった。雀の巣の方は、声は低かったがきつい調子で、盛んに論じ立ててジプさんをやりこめてるらしかった。――原始人の遊牧的な生活は、楽しい生活ではなかったに違いない。彼等は淋しく悲しかった筈だ。――男はいつも誰かに恋してるがいいのだ。恋されることはどうでもいいが、恋することが大事だ。そこから生活の張りが出てくる。――魂ぬきの肉体だけを売って生活してる女がいる。それが一番悲惨な生活だ。――物に拘泥するのはいけないが、何物にも拘泥しないのはなおいけない。――具象から抽象になってゆくこともあるが、本当に物を感ずる時には、抽象から具象になってゆくものだ。――室の中にいて女を思うのは一種の情慾だが、外を歩いていてもその女のことを思うようになった時には、本当の愛だ。――環境の中に個体を見ることも必要だが、環境を離れて個体を見ることはなお必要だ。