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えんぎしどうろんそうあん

演技指導論草案

伊丹 万作

「映画演出学読本」1940(昭和15)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,562 字 · 27 页

青空文庫

したがって録音部の注文で無反省に俳優に声を張らせるくらい無謀な破壊はない。

我々はいかなる場合にも機械が人間に奉仕すべきで、人間が機械に服従する理由のないことを信じていてまちがいはない。

○声を張ることを離れてはほとんど表現ということの考えられない舞台芸術の場合には前項の記述はまったく役に立たない。

たとえどんなにリアルな舞台でももしも我々が映画に対するとまったく同一の態度でこれを見るならば、そこには自然なエロキューションなどは一つもないのに驚くだろう。

○しぐさに関する演技指導の中で、視線の指導くらい重要でかつ効果的なことはあまりない。その証拠に、俳優が役の気持ちに同化した場合には別に注文しなくても視線の行き場所や、その移行する過程が、ぴたりぴたりとつぼにはまって行く。

ちょうどその裏の場合、たとえ俳優自身はその役のそのときの気持ちを理解していなくても、視線の指導さえ正確緻密に行なわれるならばその結果はあたかも完全なる理解の上に立った演技のごとく見えてくる。

気持ちの説明が困難な場合(たとえば子役を使う場合など)、もしくは説明が煩雑で、むしろ省略するほうが好ましいような場合には、私は俳優の私に対する信頼にあまえて、理由も何もいわず、ただ機械的に視線の方向と距離とその移行する順序を厳密に指定することがしばしば