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そうせきのじんぶつ

漱石の人物

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页

青空文庫

ためにする気持ちが全然なければ、相手が金持ちであろうと貧乏人であろうと、大臣であろうと小使であろうと、少しも変わりはない。――ちょうどこの言葉に現わされているような態度を、私は実際に目の前に見るように感じた。

滝田樗陰のことで思い出したが、たぶん大正五年の春であったと思う。木曜日の午後に、樗陰は墨をすりながら、きょうは先生に大きい字を書かせるといって意気込んでいた。漱石は半切に、「人静月同照」という五字を、一行に書いた。二、三枚書きつぶしてから、今度はうまく行ったと言って漱石が自ら満足する字ができた。樗陰も、これはいいと言ってしばらくながめていたが、やがて首をかしげて、先生、この文句は変ですね、と言い出した。漱石は、変なことはないよ、いい文句じゃないか、と答えたが、樗陰は、いや、おかしい、と頑強に主張した。漱石は立って書斎から李白の詩集を取って来て、しきりに繰っていたが、なるほど君のいう通りだ、人静月同眠だね、と言った。樗陰は、そうでしょう、そうでなくちゃならない、月同照は変ですよ、と得意だったが、漱石は、しかしそうなるとまことに平凡だね、といかにも不服そうだった。