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かせいのうんが

火星の運河

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,715 字 · 10 页

青空文庫

或は又、不気味にも、森全体がめしいたる魑魅魍魎に充ち満ちているが如くにも、思われないではなかった。くちなわの様な山蛭が、まっくらな天井から、雨垂れを為して、私の襟くびに注いでいるのが想像された。私の眼界には一物の動くものとてなかったけれど、背後には、くらげの如きあやしの生きものが、ウヨウヨと身をすり合せて、声なき笑いを合唱しているのかも知れなかった。

でも、暗闇と、暗闇の中に住むものとが、私を怖がらせたのは云うまでもないけれど、それらにもまして、いつもながらこの森の無限が、奥底の知れぬ恐怖を以て、私に迫った。それは、生れ出たばかりの嬰児が、広々とした空間に畏怖して、手足をちぢめ、恐れ戦くが如き感じであった。

私は「母さん、怖いよう」と、叫びそうになるのを、やっとこらえながら、一刻も早く、暗の世界を逃れ出そうと、あがいた。

併し、あがけばあがく程、森の下闇は、益々暗さをまして行った。何年の間、或は何十年の間、私はそこを歩き続けたことであろう! そこには時というものがなかった。日暮れも夜明けもなかった。歩き始めたのが昨日であったか、何十年の昔であったか、それさえ曖昧な感じであった。