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むざん
無惨
黒岩 涙香
「小説叢」1889(明治22)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,602 字 · 56 页
母は独りで多舌立て放す気色も見えざる故、妾も金起もツイ其気になり此夜は大胆にも築地陳施寧の家に行き広々と二階に寐ね次の夜も又泊り翌々日の朝に成り寧児には堅く口留して帰りたり此後も施寧の留守と為ること分るたびに必ず母より前日に妾の許へ知らせ来る故、妾は横浜より金起を迎え泊り掛けに行きたり、若し母と寧児さえ無くば妾斯る危き所へ足蹈もする筈なけれど妾の如き薄情の女にも母は懐しく児は愛らしゝ一ツは母の懐しさに引され一ツは子の愛らしさに引されしなり、去れば其留守前日より分らずして金起を呼び迎える暇なき時は妾唯一人り行きたる事も有り明治二十年の秋頃よりして今年の春までに行きて泊りし事凡そ十五度も有る程なり、今年夏の初め妾は余り屡々奉公先を空ける故暇を出されて馬道の氷屋へ住込しが七月四日の朝母より「親指は今日午後五時の汽車で横浜へ行き明後日まで確かに帰らぬからきッとお出待て居る」との手紙来れり妾は暫く金起に逢ぬ事とて恋しさに堪えざれば早速横浜へ端書を出したるに午後四時頃金起来りければ直に家を出で少し時刻早きゆえ或処にて夕飯を喫べ酒など飲みて時を送り漸やく