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むほうもの

無法者

豊島 与志雄

「中央公論 文芸特集」1951(昭和26)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,837 字 · 24 页

青空文庫

襦袢の半襟だけがぼってりと厚く、帯をきゅっと引き締め、腰から下は細そりして、褄先を心持ち八文字に着こなしている。その女が、顔容は分らないが、彼の方をじっと透し見ていた。あ、と彼は声を立てた。とたんに、彼女の姿はかき消すように見えなくなった。確かに彼が識ってる女だった。誰だか分らないが、よく識ってる女だった……。

志村は駭然と眼を覚して、夜燈の薄ら明りの中に眼を見開き、幻影の跡を追った。そして歯をくいしばりたいような気持ちで、心の中ではわーと声を立て、布団を頭から引っ被ってしまった。

その朝、彼は酒を飲まず、終日家に引き籠り、晩にはビール一本だけ飲んだ。それから十日間ばかり、彼は来客の誰にも逢わず、電話にも出なかった。不在、どこへ行ったか分らない、いつ帰るか分らない、それだけのことを女中に言わせ、誰彼の差別はつけなかった。――それから先のことは不明である。