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むだい
無題
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社、1986(昭和61)年3月20日初版
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,172 字 · 11 页
その、神秘的な液体と倶に、人を産んだ「祖国の気分」も生きて居るのではないだろうか、私は、今更に背後の重さを感じずには居られない。我が父母。我が祖父母……誰々……誰々……。私は、私共一家族の短かいとは云え、昨日今日では無い遺伝を背負って居る。
今日、私自身が自らの裡に自覚する強みも、弱みも、何処か遠い、見えない彼方に下された胚種の、一つの発芽であると、何うして云えないだろう。
此の一家族を貫く何等かの遺伝の上に、私は此も亦必然的な「日本」と云う祖国の気分を負って居る。
「今」と云う瞬時。その「今」は、恒久な意識の流れを截断した瞬間的断面だと云えるならば、「私」も亦、伝説が、日本の神人を語るより以前からの「日本人」の一断面ではないだろうか。私は今、紐育の町中に居る。私の足の下には靴の皮がある。キルクの床がある。石とコンクリートの下には、アメリカの土がある。けれども、けれども、私には、小さい島国の、黒い柔かい、水気豊かな春の土が、足の素肌に感じられる。抜けようとしても、抜けられない泥濘の苦しさと混乱を、此の両足に感じる。何処へ行っても、祖国が足の下にあるだろう、地球の果にまで走ろうとしても、祖国の地面は、尚も、尚も、私の足跡を印させるだろう、私は此を歓ぶ。