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ちちのてちょう
父の手帳
宮本 百合子
「中條精一郎」(追悼録)、国民美術協会、1937(昭和12)年1月発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,342 字 · 13 页
父は建築家の中でも、書斎で勉強するたちの人でなく、人間の住む家を、様々なその必要の条件にしたがって、事務的に、家族的に、趣味的に建ててゆくという現実の進行を愛したたちでした。そういう気質はいかにも設計家にふさわしい特徴をもっていて、西洋の諺に弁護士と作家と建築家の妻にはなるな、とある、そういう几帳面さを、一面にもっていました。
仕事は事務所で、というのが終生の暮しかたでした。事務所では忙しがっているからというわけか、事務所の仕事に直接関係のある用事のかたが、夜や朝早く、日曜の朝など早く来られると、事務所の用事は事務所で伺うことにしていますからと、おことわり申しました。押しかえし、一寸でよかったらと云われても、譲歩しない。やはり何度でも事務所でと答え、後年は、そういう習慣が世間一般にも少なくなったので、早朝のお客様との押し問答が稀れになりました。
夕刻事務所から早く帰った日には、皆でテーブルを囲んで夕飯をたべ、後は談笑したり、音楽をきいたり、興に乗じると、昔ロンドンでアーヴィングが演ったハムレットの真似だと云って、芝居の真似をしたり、賑やかでした。