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ちち

父

矢田 津世子

「日暦」1935(昭和10)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,168 字 · 38 页

青空文庫

それをみているとさっきの強腰なもの云いがいよいよ作りものの感じがして、姉が少しばかり気の毒になった。それで、

「お話相手なら飯尾さんがいてよ。少々賑やかですけど」

と笑いかけると、

「飯尾さんじゃ、お父様がお可哀そうよ」

と姉はつられて笑った。

福が鮨の鉢をはこんで来た。

「お父様へはそのうちわたしからお話しますからね」

姉は鮨を食べ終わると時計を気にしながらこう云い置いて皈って行った。

二

間もなく、そこの表通りで麻布の奥様にお会いしました、と云って飯尾さんが戻って来た。手にした切り花を仏壇に供え、その前に坐って永いこと手を合せてから、これでお役目がすんだ、というような小ざっぱりとした顔つきで火鉢のはたへ坐りこんだ。

「麻布の奥様は何か御用でお越しでしたか。お皈りが大変お早かったこと」

飯尾さんはこんなことを云いながら紀久子の淹れた茶をちょっとおし頂くようにして飲んだ。またこのひとの探索癖が出たな、と紀久子は黙っていた。すると、飯尾さんは詰った煙管に気をとられたような風つきで火箸で雁首を掃除しはじめたが、今日は都合よく花屋にいい桔梗がありましてね、お母様は桔梗がお好きでしたから早速お上げしてまいりました、と何気なく話をそらした。