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いぬさんたい
犬三態
宮本 百合子
「都新聞」1939(昭和14)年10月30、31日、11月1日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,236 字 · 9 页
そこには目じるしのように一本のヒマラヤ松が聳えている。
その家に住む前には、同じ高台のつづきではあるがもっとずっと女子大よりの処に暮していたことがあった。隣の奥さんが女のおくれ毛止めを発明したとかで、門には石柱が立っているその家の庭の方では絶えずモーターの音がしているし、エナメルの匂いが苦しく流れて来た。
どの家へ移った原因にも、みんな夫々の生活の時代が語られているのだけれど、その老松町の家に暮した時分、忘られない犬のことがある。
音羽の通りへ出るに、大塚警察の横のひろい坂をよく通った。もう十四五年にもなるから、代が変っているかもしれないが、その坂の下り口の右側に、一軒門構えの家があった。坂の中途の家というのは何となく陰気なものだ。そこも門から八ツ手などの植った玄関までだらだら下りになっていて、横手に見える玄関の格子はいつもしまっている。細長い踏み石がしいてあるその門と玄関との間のところに、犬小舎が置かれていて、そこに一匹の洋犬が鎖でつながれて暮しているのであった。
毛並の房々したその犬は全身が白と黒とのぶちなのだが、そのぶちは胡麻塩というほど渋く落付いてもいず、さりとて白と黒の斑というほど若々しく快活でもなく、中途半端に細かくて、大きい耳を垂れ、おとなしい眼付で自身のそのようなぶちまだらをうすら悲しそう