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ねこすてざか

猫捨坂

豊島 与志雄

「新文学」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,043 字 · 21 页

青空文庫

然し、他人の家に身を寄せてるからには、自分たちだけ逃げ出さずに、そこの家人と協力して、防火や荷物搬出や避難を共にすべきであろう。だが、彼等夫婦は、他を一切顧ることなく、がらがら事を引いて逃げ出すのだ。

車の荷は、つまらないものだが、さし当っての生存必需品には違いない。生存に最も必要なものは、最もつまらない日用品だということは、首肯される。そのことを、彼等夫婦は、罹災の経験によっても知ったのであろう。そして彼等の用心は、至って妥当なのであろう。

それにしても、彼等夫婦のそれら全体のことが、なんだか浅間しいのだ。そんなにして、最小限度にも生きたいのであろうか。

大火災の光景を、俺はむしろ痛快に思い起すのだ。見渡す限り、一面に火の海だった。火の海の中に、木立の幹や電柱が、高く峙って焔を吹いていた。片方は黒煙が濛々として、その末は白っぽく空に流れていた。その空には、火焔の反射を受けて銀色に光る飛行機が、縦横に飛び廻っていた。空も地も明るく、ただごうごうと唸っていた。壮絶だ。この中で死に或は負傷した人々にとっては、その死もその負傷も無意味で、しかも大難だったには違いない。