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ねこすてざか

猫捨坂

豊島 与志雄

「新文学」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,043 字 · 21 页

青空文庫

彼ばかりじゃないんだ。

俺は先に立って、猫捨坂を上りかけた。彼はあとから、ふーっと大きく息をした。またふーっと大きく息をした。

ひっそり静まったので、振り向くと、薄暗い中に彼は腹匍っていた。石炭灰に交って、厨芥や塵埃がうち捨ててある、その不潔な中に、彼は両手をついているのだ。

「おい、何してるんだ。」

「こいつ、ばかな坂だ。」

彼は起き上りかけて、またよろけて、こんどはコンクリート塀の方へ寄りかかった。そしてそこにまた屈みこんで、げーっと吐いた。背中をひくひくやってるらしく、次にまたげーっと吐いた。

俺は立って見ていた。見ているより外に仕方がなかった。手をつけると却っていけない。

暫くたった。

「大丈夫か。」

「なあに、ばかな坂だ。」

コンクリート塀に手を支えて、彼は徐々に上ってきた。坂を上りきると、意外にも元気にすたすた歩きだした。広い道に出て、それから電車通りへ、彼は迷わず歩いて行った。

俺は少しずつ後れ、彼が電車通りへ出る頃、黙って後に引き返した。これ以上彼とつきあうのは無意味だ。

猫捨坂で彼が嘔吐したことは、俺にふしぎな印象を与えた。嘔吐したのはあの男ではなく、誰か別な奴ではなかろうかと、一抹の疑念が持たれるのだ。