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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
11 一九四四年(昭和十九年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页
こんなに隅から隅までが静かで、しかもこころもちと五月の自然の充実が満ち満ちて感じられる夜は、何と面白いでしょうね。二人ともあまり喋る必要がないようね。あなたの二つの眼がそこに。そして、わたしの二つの眼がここに。それでいいという風ね。
きょうは、午後三時から、私たちきりだったのですが、六時すぎまで歯医者のところで握った掌に汗をかいて来たのよ。夕方の街を歩いて、いつもの古本や見ます、歯をがりがりやった気持があまり閉口だから。きょうは、リルケの果樹園という詩集と、レンズのツアイスね、あれのガラス工業の完成に着手したルネッサンス頃の祖先の歴史をかいた小説見つけました。お金が足りなかったから、月曜日、歯医者のときとることにしました。お読みになれそうなものです。そういえば、活字のグーテンベルクの伝はまだおよみになって居りませんね、一度よんでよいものです。
そして家へかえると、犬が躍り上って歓迎します。躍り上る犬は女の子だのにさっぱりとして快活で男の子めいていて気に入って居ります。その次の仔が出来てね、その仔ったら又真黒と真茶のコロコロの本当の犬っころです。