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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
11 一九四四年(昭和十九年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页
こんなに色刷の貧弱な絵の本ももうこれからは何年か出ますまい。そう思うと十年以上前に大トランク一つ売った絵を思い出します。パリで妙ななりをしていても、これ丈は、と買ったのですが。惜しいのではなくよ、どこの誰がもっているやら、と。いずれは日本の中にあるのだから、わたしも日本の美術のために数百円は寄与したわけです。マチス素描集なんかがどこかでヘボ野郎の種本になっていたりしたら笑止ね。
ああああ、どうしても歯医者へ行かなくてはならなくなりました、上歯の妙なところに穴がポッカリあいてしまったわ。
歯医者へゆくとわたしは全くいじらしくおとなしいのよ。眼医者へゆくとしおらしく不安なのよ。歯医者は、肴町の近くのところへゆきます。メタボリンが岩本さんにも手に入らなくなっている由、「万難を排して」買って下さる由、県視学となって下関へゆくそうです、頂上の立身でしょう。下関とは、しかしこわいところね。お祝いを云ってあげなくては、ね。豚娘(!)さんが赤ちゃん生んだそうです。女の子をこう謙遜して云われると笑い出してしまいます、西郷南洲を見込んで好いた女は豚姫といったのですって。