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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

06 一九三九年(昭和十四年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 374,755 字 · 745 页

青空文庫

その声は、いまどっち向いても聴えます。何というまざまざさでしょう。ああいいよ、そうお? ああいいよ、そうお? そうお? その声について行くと森の中にひとりでに入ります。小さい草原があります。その柔かい草の上に顔をふせると、いかにも芳ばしい。じっと顔をふせている。草の芳ばしさは、若々しい樫の樹かげをうけて、益※(二の字点、1-2-22)たかく恍惚とさせるばかりです。樫の樹は無心です。でも、それは、我知らない悦びにあふれていてね。雲の愛撫のなかにたっています。雲と軽風とはそういう美しい樹を見つけたうれしさに耐えがたいという風に、そっと幹を吹きめぐり、雲はやさしく梢を捲き、離れ、また戻って来て変化をつくして流れています。そこには微妙きわまる音楽があって、二つの声のリフレインが響いています。あたりは金色の日光です。

私はその金色の光をあなたに上げようと思い、両手のなかに掬って、大切に、いそいでゆきます。いくらかは指の間からこぼれて、道の上に金色の滴をおとしているようです。でもそれは致しかたないわ、ね。あなたには、私がいそいで、しかしこぼさないように、自分の掌のなかを一心に見ながら、すり足のような小走りでいそいでいるのが、おわかりになるでしょう。