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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
10 一九四三年(昭和十八年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,557 字 · 426 页
扉は開くかと見えて開きません。何がその蝶番をはばむのでしょう。蘭の花は半ば開き、極めて緻密な植物の肌いっぱりに張り、しなやかにリズムをたたえて花脈を浮き立たせています。蒼空のゆるやかなカーヴを花柱の反りがうつしているようです。濃い紅玉と紫水晶のとけ合わされたような花の色どりは立派で、ぐるりに配合された白いこまかな蝶々のような同じ蘭科の花々の真中に珠と燦いて居ります。渋いやさしい眠りに誘うような香気がその高貴な花冠から放散されます。風も光も熱もその花のいのちにおのれのいのちを吸いよせられたかのように、あたりにそよふく風もありません。あるのは香気と光りとばかり。ああわが園の扉は開くかと見え。たゆたう瞬間の思いをうたっているのです。
詩は、断章です。小説ではないからその白い夏の午後のひとが、遂にその園に入り、その光の上に面を伏せ、自分のいのちの新しさと花のいのちのためによろこび泣いたかどうかということは描かれて居りません。詩をつくった人も、それは時にゆだねて描写しなかったのかもしれません。
作家とテーマのような作品をつくった詩人に、こういう隠微なたゆたいの詩があるというのも興ふかいことです。