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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
10 一九四三年(昭和十八年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,557 字 · 426 页
わたしが茶色の外套をきてベレーをかぶって、クラマールという郊外に下宿していたとき、フェリシタをよく見かけました。
バルザックをつづけてよみます。これ迄バルザックは私にとってのマッタアホーンのようなもので、頂上はきわめなかったのですもの。古典についていろいろ云われた九年ほど前に、私は自分の幼稚な鍬で力一杯この巨きい泥のかたまりをかっぽったけれど、それはいく分その形成の過程を明らかにしただけで、自分の文学の潜勢力として吸収するところ迄ゆけませんでした。こんどは、かんで、たべて、のみこんで、滋養にしようというのよ、この頃余り滋養分がないからね、バルザックをよみとおせば、どんなに新しい文学は新しい人間生活の領域につき出されているかということが一層明瞭となり、未踏の土地への探険が一層心づよく準備されるというものです。
先日、わたしがうつけ者のような顔つきになったニュースについても、段々別箇の観かたが出て来ました。世間では、荒い商売をして、負債のどっさり出来た人が破産して、却って自分の財政を立て直すでしょう? あれなのだ、と思いはじめました。あの位きついところのある、そして賢い人は、聰明というものの清澄な洞察はなくても、生きる力のつよい人間としての見とおしと覚悟は出来ているでしょう。