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せいあらば

生あらば

豊島 与志雄

「文章世界」1917(大正6)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,046 字 · 47 页

青空文庫

壮助は枕頭の布を取って、汁の少したれている光子の口のまわりを拭いてやった。妙に子供らしい筋肉の足りないように思わるるその口元にも、肉が落ちて皮膚がたるんでいた。

「私よくなったらお願いがあるのよ。」

「ええ云ってごらん。」

「きいて下すって?」

「何でもきいてあげるよ。」

「あのね、人に云ってはいやよ。……よくなったら玉川の鮎が食べたいの。」

壮助は淋しく微笑んだ。何時だったか小母さんと三人で玉川に遊んで、鮎の料理を食べたことがあった。光子は少しきり箸をつけなかった。尋ねてみると、「おいしいけれど……。」と云って笑った。

「ええよくなったらまた連れていってあげようね。だからなるたけ元気をつけなければいけないよ。」

光子はほっと安心したように微笑んだ。

「今に暖くなると、すぐに起きられるようになるんだからね。」

そして壮助は心のうちで、「よくならなければならない!」と叫んだ。然しそれが妙に苦しかった。頼り無い不安が彼の胸の中に流れた。

三

壮助は夜の九時頃、ほの暗い裏通りを自分の下宿の方へ向って歩いた。うとうとと眠っている光子の顔が彼の頭の中に刻まれていた。