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せいあらば

生あらば

豊島 与志雄

「文章世界」1917(大正6)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,046 字 · 47 页

青空文庫

光子は眼を開いてぼんやり天井の板を眺めていた。窶れた頬に顴骨が目立ってきて顔附を変にくずしていたが、その頬にはほんのりと赤みがあり、また小さな子供らしい口元には昔のままの愛くるしさが残っていた。物を言う度に何処か筋肉が足りないように思わせる唇だった。そしてその奥から舌たるい言葉が出た。

「気分はどう?」と壮助はそっと言葉をかけた。

光子は壮助の方を顧みて淋しい微笑を洩らした。その眼附が「いいわ。」と答えた。

「私ね……、」と云いかけたが光子はふと言葉を切った。それから右手を蒲団の外に出して、「こんなに手が穢くなったわ。洗ってはいけないの。」

手の指は透き通ったように蒼白く綺麗にしていたが、長く洗わない手首から上は黒く垢がついていた。生気の無い乾燥した皮膚が爪で掻いたらぼろぼろと落ちそうであった。

「も少しの我慢よ。癒ったらすぐに綺麗になるからね。」

壮助はその手を取ってそっと蒲団の中に入れてやった。その時彼はそれとなく手首の脈に触ることを忘れなかった。軽いそして心持ち早い脈搏が彼の指先に感じらた。

「始終身体が穢いと云っては気にしていますがね……。」

母はそう云ってまた涙ぐんでいた。